「順也ちゃんが、あんなに意固地に怒るなんておかしいと思ったわ」
西原から渡されたお盆をテーブルの上に戻して、椅子に座り直した桜子は大きく溜息をついた。
「今更だけれど、順也ちゃんと約束しているのに、どうしてあんな場面になっちゃったのかしら?」
そして別に責めている様子は無いけれど、桜子にそう聞かれて、床の上に座り込んだ西原は心底自分の浅はかさが嫌になってしまう。
どうして?と言われれば、ただ順也の為に出来る事をしたかっただけだった。
覚醒剤中毒の鷹也を病院に入院させ、犯罪者のフランス人達を本家から遠ざけ、騒ぎが大きくならないように、万が一にでも警察沙汰になったりしないようにする。
そうする事が、順也を守る為の最善の方法だと思っていた。
自分の身などどうなっても構わないと、誰に触られようが、誰の前でどんな姿になろうが、そんな事はどうでも良い事だと、その時は何の迷いも逡巡も無かった。
順也を守るという重大な使命に比べれば、本当にどうでもいいこの存在。
自殺する位に弱っていた母を見殺しにした7年前のあの日から、自分にはもうこの世で幸せに生きる権利を失った筈だった。
薬を飲まなければ心の平静を保てない母が、それを勝手に要らないと決め付けて怠っている事を、ちゃんと近くの大人に知らせなかった。
そうした方が母に気に入って貰えると、自分の得ばかりを考えてしまった。
その結果、背負ってしまった大き過ぎる罪に雁字搦めになって、順也が傍にいてくれなければ、きっと今頃は深い心の闇に摑まってしまっていただろう。
順也が居てくれたからこそ今の自分があって、順也がいなければ一瞬も今の存在を保てない、総てが順也故の自分。
順也との約束を忘れた分けではない。
順也が心配してくれる気持ちは心から嬉しかったし、その言葉は受け取って大切に心に仕舞った。
だけれど、何をそんなに心配するのか、その理由はまったく分からいままだった。
こんなにどうでもいい身体の事で、順也がそこまで真剣に怒るだなんて、想像もしていなかった。
「あ・・・順也との約束を忘れたわけじゃ無いんです、ただ・・・俺なんか・・・俺の身体なんか順也の為ならどうなってもいいから・・・あの場が上手く収まるなら何をされてもいいって思って・・・」
どうしてという桜子の問いに、西原はしどろもどろに答える。
でも、どう言い訳しても、順也との約束を破っていい理由にはならなかった。
この3日間、あれだけ硬く交わした約束を破られたと思い込んでいた順也は、どんなに悔しい気持ちでいただろう?
『触るな』と言われて当然だ。
約束を破っただけならまだしも、その約束を破った事にすら気付いていない無神経な恋人に、ベタベタと優しくされたって疎ましいだけだろう。
3日間も約束を破った事を気付かないままボンヤリと過ごしてしまった。
余りの自分の鈍感ぶりが情けなくて、もう西原はどんな顔をして順也に会えばいいのか分らない。
しかも、多分そのとばっちりで、史也と智也と翔也と桜子まで順也に嫌われてしまい、これがバレたら、この家にも申し訳なくて出入り出来なくなってしまう。
せっかく、鷹也の事での出入り禁止事件が解決したばかりなのに、また同じ問題に突き当たり、西原はショックでへたり込んだ床から頭を上げる事も出来ない。
「はぁ・・・優希君は何から何まで完璧なのに全然奢り高ぶらなくて、むしろ笑っちゃう位に卑屈で、そういうところを私は大好きよ」
「笑っちゃう位に卑屈・・・?」
「傍から見ていると、そのギャップに大ウケよ」
「ううっ・・俺を見てそんなに誰かがウケてるなんて知りませんでした」
「ほほほ・・人生何時でも油断は禁物よ、でもね、ウケ狙いもいいけど」
「いや、狙っていませんよ?」
「もう昔の自分の事は許してあげて、今の自分を大切に扱ってあげないと・・順也ちゃんは、そんなどうでもいい優希君でも大好きなんだから、汚されたり傷ついたりしたら、きっととても悲しむわ」
幸い桜子はとばっちりを受けた事を怒ってはいない様で、落ち込む西原を何時もの調子で慰めてくれる。
「とにかく出来るだけ早く謝った方がいいわ、このオヤツを持って、『順也、約束を破ってゴメンネ、お詫びのオヤツ食べる?それとも俺を食べてみる?』とか言って、何時もの胸焼けしそうな甘ったるい笑顔で謝れば、ラブラブなんだからきっと許して貰えるわよ」
そして絶対に言いたくない様な謝罪方法の例を挙げて直に順也の部屋に行くよう薦めてくれるのだが、西原は順也にまた拒絶されたらと想像すると身が竦んで、にわかにはその勇気を持てなかった。
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西原から渡されたお盆をテーブルの上に戻して、椅子に座り直した桜子は大きく溜息をついた。
「今更だけれど、順也ちゃんと約束しているのに、どうしてあんな場面になっちゃったのかしら?」
そして別に責めている様子は無いけれど、桜子にそう聞かれて、床の上に座り込んだ西原は心底自分の浅はかさが嫌になってしまう。
どうして?と言われれば、ただ順也の為に出来る事をしたかっただけだった。
覚醒剤中毒の鷹也を病院に入院させ、犯罪者のフランス人達を本家から遠ざけ、騒ぎが大きくならないように、万が一にでも警察沙汰になったりしないようにする。
そうする事が、順也を守る為の最善の方法だと思っていた。
自分の身などどうなっても構わないと、誰に触られようが、誰の前でどんな姿になろうが、そんな事はどうでも良い事だと、その時は何の迷いも逡巡も無かった。
順也を守るという重大な使命に比べれば、本当にどうでもいいこの存在。
自殺する位に弱っていた母を見殺しにした7年前のあの日から、自分にはもうこの世で幸せに生きる権利を失った筈だった。
薬を飲まなければ心の平静を保てない母が、それを勝手に要らないと決め付けて怠っている事を、ちゃんと近くの大人に知らせなかった。
そうした方が母に気に入って貰えると、自分の得ばかりを考えてしまった。
その結果、背負ってしまった大き過ぎる罪に雁字搦めになって、順也が傍にいてくれなければ、きっと今頃は深い心の闇に摑まってしまっていただろう。
順也が居てくれたからこそ今の自分があって、順也がいなければ一瞬も今の存在を保てない、総てが順也故の自分。
順也との約束を忘れた分けではない。
順也が心配してくれる気持ちは心から嬉しかったし、その言葉は受け取って大切に心に仕舞った。
だけれど、何をそんなに心配するのか、その理由はまったく分からいままだった。
こんなにどうでもいい身体の事で、順也がそこまで真剣に怒るだなんて、想像もしていなかった。
「あ・・・順也との約束を忘れたわけじゃ無いんです、ただ・・・俺なんか・・・俺の身体なんか順也の為ならどうなってもいいから・・・あの場が上手く収まるなら何をされてもいいって思って・・・」
どうしてという桜子の問いに、西原はしどろもどろに答える。
でも、どう言い訳しても、順也との約束を破っていい理由にはならなかった。
この3日間、あれだけ硬く交わした約束を破られたと思い込んでいた順也は、どんなに悔しい気持ちでいただろう?
『触るな』と言われて当然だ。
約束を破っただけならまだしも、その約束を破った事にすら気付いていない無神経な恋人に、ベタベタと優しくされたって疎ましいだけだろう。
3日間も約束を破った事を気付かないままボンヤリと過ごしてしまった。
余りの自分の鈍感ぶりが情けなくて、もう西原はどんな顔をして順也に会えばいいのか分らない。
しかも、多分そのとばっちりで、史也と智也と翔也と桜子まで順也に嫌われてしまい、これがバレたら、この家にも申し訳なくて出入り出来なくなってしまう。
せっかく、鷹也の事での出入り禁止事件が解決したばかりなのに、また同じ問題に突き当たり、西原はショックでへたり込んだ床から頭を上げる事も出来ない。
「はぁ・・・優希君は何から何まで完璧なのに全然奢り高ぶらなくて、むしろ笑っちゃう位に卑屈で、そういうところを私は大好きよ」
「笑っちゃう位に卑屈・・・?」
「傍から見ていると、そのギャップに大ウケよ」
「ううっ・・俺を見てそんなに誰かがウケてるなんて知りませんでした」
「ほほほ・・人生何時でも油断は禁物よ、でもね、ウケ狙いもいいけど」
「いや、狙っていませんよ?」
「もう昔の自分の事は許してあげて、今の自分を大切に扱ってあげないと・・順也ちゃんは、そんなどうでもいい優希君でも大好きなんだから、汚されたり傷ついたりしたら、きっととても悲しむわ」
幸い桜子はとばっちりを受けた事を怒ってはいない様で、落ち込む西原を何時もの調子で慰めてくれる。
「とにかく出来るだけ早く謝った方がいいわ、このオヤツを持って、『順也、約束を破ってゴメンネ、お詫びのオヤツ食べる?それとも俺を食べてみる?』とか言って、何時もの胸焼けしそうな甘ったるい笑顔で謝れば、ラブラブなんだからきっと許して貰えるわよ」
そして絶対に言いたくない様な謝罪方法の例を挙げて直に順也の部屋に行くよう薦めてくれるのだが、西原は順也にまた拒絶されたらと想像すると身が竦んで、にわかにはその勇気を持てなかった。
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